高齢者支援

日々の雑感, 高齢者支援

平塚の行政書士が認知症サポーターになって考えた、一番身近な法律の備え

「認知症サポーター養成講座」を受講した気づきを綴ります。誰にでも起こり得る認知症だからこそ、成年後見などの制度を「なる前」に知ることが大切です。

昨日、平塚市高齢者よろず相談センターが主催する「認知症サポーター養成講座」に参加してきました。日頃から高齢者支援の実務に携わってはいるものの、改めて知識を体系的に学び直し、初心に立ち返るための大切な機会となりました。

地域の方々の熱意と、数字が示す背景

会場に入って印象的だったのは、参加者約40名の熱気、そしてその多くが人生経験豊かな女性の皆様だったことです。場違いかと、私は少し恐縮しながらの受講となりましたが、皆さんの真剣な様子に背筋が伸びる思いでした。

実は、この参加者の割合には、講義の中で触れた統計的な背景もあるようです。

男性の平均寿命: 82歳(健康寿命:72歳 → 医療・介護期間は約9年)
女性の平均寿命: 87歳(健康寿命:75歳 → 医療・介護期間は約12年)

女性の方が、医療や介護を必要とする期間が平均して3年も長いという現実があります。会場の皆様の真剣な眼差しは、まさに「これからの自分や家族の暮らし」を見据えた高い意識の表れなのかと、自分なりに深く納得させられました。

正しい理解が、穏やかな暮らしを支える

講師は、看護師でもある認知症地域支援推進員の方でした。
豊富なスライドを交えた講義は、語り掛けるようで大変分かりやすく、実務の視点からも多くの気づきをいただきました。

特に心に残ったのは、認知症のご本人がインタビューに答えるビデオです。
症状の度合いは人それぞれですが、「ご本人の意識」と「周囲の正しい理解や関わり方」があれば、症状の進行を穏やかにし、生活の質を保つことができるというお話でした。

適切な接し方やマナー、ともに生きる心構えの大切さを改めて学び、講座の修了後にはサポーターの証である「オレンジリングのバッジ」をいただきました。認知症への理解がさらに深まったことで、さっそく次の上級研修にも参加したいという意欲がふつふつと湧いています。

認知症サポーターの証である「オレンジリングのバッジ」

「もしも」の前に、未来の安心を整える

認知症は、誰にとっても決して他人事ではない身近なテーマです。
大切なのは、万が一の状況になってから慌てるのではなく、「あらかじめどのような法律や支援制度があるのか」を事前に知っておくことです。
将来の判断能力の低下に備える「任意後見契約」や、財産管理の仕組みなど、行政書士としてお手伝いできる公的な手続きはたくさんあります。

とはいえ、「法律の手続き」と聞くと、どうしても敷居を高く感じてしまう方も多いのではないでしょうか。
当事務所は、地域の身近な相談窓口として、専門用語を使わず分かりやすく丁寧にお話を伺うことを心がけています。大袈裟に構える必要はありませんので、まずはこれからの暮らしの「ちょっとした不安」を解消する世間話のような感覚で、お気軽にご相談ください

誰もが直面し得る不安を、少しでも未来の「心の安寧」に変えるお手伝いができれば幸いです。

日々の雑感, 相続・遺言, 高齢者支援

大学時代の友人と健康話に花咲じいさん〜還暦のワインは、現世の甘露か、それとも〜

5日間の断酒を経て、ついに現世の甘露(ワイン)と再会。この後、私の記憶の断片はトラットリアに置き去りにされました。(写真はイメージですが、楽しいひと時の空気感が伝われば幸いです)
  

昨日は、大学時代の友人と久々に一献。
当初は11月上旬に約束していたはずが、お互いの「急な体調不良」や「家庭の諸事情」をパズルのように組み合わせているうちに、気づけば半年も経っておりました。時の流れは、まさに光陰矢の如し。
再会するやいなや、乾杯の挨拶もそこそこに飛び出したのは、やはり「健康」の話題です。
かつては恋や将来の夢を語り合った口から、今や「人間ドックの判定」や「肝数値の推移」が、まるでお経のように淀みなく流れ出します。
還暦を過ぎた我々の身体は、もはやビンテージカー。こまめなメンテナンスなしには、車検(生存確認)も通らぬ身の上なのです。

相続・遺言・家族信託で整える「人生の後半戦」

あまりの楽しさに、記憶の断片を新百合ヶ丘のトラットリアに置き忘れるほど豪快に飲んでしまいました。
訳あって5日間の断酒に耐えた後の赤ワインは、五臓六腑に染み渡る、まさに禁断の果実。
小田急線に揺られて平塚へ帰宅し、シャワーを浴びてベッドに横たわれば、そこはもう涅槃(ねはん)の境地……。
翌朝まで一度も目覚めることなく、泥のように眠り続けました。

目指すは持続可能な支え合い

そう、昨日はあんなに熱心に「健康」の話をしたはずでした。
しかし、そんな健康談義の裏側で、ふと考えさせられたことがあります。今の日本は「全世代対応型」の社会保障を目指し、刻一刻と制度が変化しています。
2024年4月からは、75歳以上の方の後期高齢者医療制度も改正されました。負担能力に応じて保険料を調整する仕組みが導入され、「支え合い」の形がより鮮明になっています。一方で、出産育児一時金の増額など、若い世代への支援も手厚くなりました。

こうした時代の流れに触れるとき、私は仏教の「自利利他(じりりた)」という言葉を思い浮かべます。
「自らの幸せ(自利)を願うのであれば、まず他者の幸せ(利他)のために尽くしなさい」。また、ヒンドゥー教に伝わる「すべての生命は、目に見えない糸でつながっている」という宇宙観も、今の社会保障のあり方に通じるところがあるかもしれません。

「未来への準備」は心の安らぎへ

次世代を育むことは、巡り巡って、私たちが安心して暮らせる未来を耕すことでもあります。
しかし同時に、これまで社会を支えてきたお年寄りの方々が、誇りを持って穏やかに過ごせる世の中であってほしいとも切に願います。
健康で楽しく友と笑い合える日々に感謝しながら、私たちは少しずつ「人生の後半戦」の準備を整えていく必要があります。

例えば、手軽に始められる「自筆証書遺言」の作成や、万が一の認知症に備えて財産を託す「家族信託」など、具体的な一歩を踏み出す時期なのかもしれません。
相続や遺言といった「未来への準備」も、実は「自利利他」の精神のひとつ。
大切な人たちが困らないように整えておくことは、自分自身の心の安らぎにもつながるのです。

次に友人と会うときも、また笑顔で「健康の話」ができるように。
そんなささやかな幸せを、行政書士として、一人の友人として、守っていきたいと感じた宴(うたげ)でした。

日々の雑感, 高齢者支援

サクラ・アウト老(ロウ)の煩悩と、雑草という名の悟り

葉の混じった桜も、またオツなもの、季節は巡る。

今年の春は、どうやら「桜」という名の魔法に深く心酔してしまったようです。
二月の河津桜を皮切りに、九段下の夜桜を二週間もストーキングし、箱根、山北、湘南平、そして秦野のさくらみち……。目に入る桜という桜をスマホに収め、まるで自分の手柄かのようにソーシャルメディアに放流しては、独り悦に入っておりました。

「映え」という名の煩悩に突き動かされ、自慢げに投稿を繰り返すその姿。端から見れば、老いを受け入れつつも抗う、自意識過剰な「サクラ・アウト老」の完成です。

草むしりもまた春の風物詩

しかし、祭りは唐突に終わります。葉桜とともに訪れたのは、実家の庭という「剥き出しの現実」でした。妻と二人、無心で草をむしる。先ほどまで愛でていた桜と同じ「植物」のはずなのに、こちらは容赦なく排除の対象となる。この理不尽な線引きこそが、人間の「業(ごう)」というものでしょうか。

プロの植木屋の手によって見違えた庭を眺め、その圧倒的な生命力の前に、私はただ白旗を振るしかありませんでした。抗ってはいけない。自然の勢いには、ただ伏して従うのみ。

かつて昭和天皇は「雑草という草はない」と仰ったそうです。どんな名もなき草にも名前があり、命がある。自分の都合で「愛でるもの」と「排除するもの」を仕分けていた己の浅ましさを、抜いた草の山を前に思い知らされました。
なすがままに、名もなき命を面白がる。そんな諦念(ていねん)にも似た境地が、実は一番贅沢で、かっこいい生き方なのかもしれない。そんなことが分かり始めてきた年代。

「なすがまま」にも一工夫

作業の後の冷えたワインが、驚くほど五臓六腑に染み渡ります。多くの「終い支度」をお手伝いすべき行政書士として人生もまた、庭の手入れに似ていると感じます。

生い茂った不安や執着を整理し、自分にとって本当に大切な「桜」だけを心に残す作業。

時にはプロの手を借りて、すっきりと風通しを良くしておく。
「なすがまま」に、軽やかに余生を楽しむためには、実は少しだけ「事前の整理」が必要だったりするのです。

庭の草むしりのついでに、心の「終活」も少しずつ。グラス片手に渋味の余韻に浸りながら、ついそんなことを考えました。

日々の雑感, 相続・遺言, 高齢者支援

平塚の波音と湯気の向こうに、5000万ソロの影

平塚の海岸にて、漂着した流木を玉座に、昇りゆく朝日を拝む無頼の肖像。江の島の灯台が、まるで「超ソロ社会」を優しく見守る監視塔のように、朝焼けの中に佇んでいます。

平塚の砂浜に打ち寄せられた流木に腰を下ろし、相模湾から昇る朝日を拝む……。
そんな「丁寧な暮らし」風のポーズを決めつつも、頭の中では「老後の孤独」と「ラオシャンのタンメン」が交互に押し寄せるのが、令和を生きるアラ還の日常です。

今や、若者の二人に一人が独身という「超ソロ社会」。自由を謳歌する一方で、ふとした瞬間に忍び寄る「身寄りなし問題」という名の砂粒のような不安。未婚に「離別・死別」を加えた独身者数は約5000万人に達しており、有配偶者数とほぼ同数です。
果たして私たちは、人生の幕引きをスマートにデザインできるのでしょうか。

今回は、平塚の海辺で独り、未来の安心をパッキングする「おひとり様」のための未来戦略について。行政書士の視点から、少しシュールに、かつ実務的に紐解いてみたいと思います

日本人の半分が独身になる時代

私の周囲にも、独身生活を謳歌している方は多くいます。今や、独身研究家という方がいて、その荒川和久(あらかわ かずひさ)氏によると日本人の半分が独身になる時代だそうです。これは、国勢調査などの公的な統計を元に算出・提唱している「超ソロ社会」に関する予測データが有力な出所です。

独身にも二種類あって、自らすすんで独身の「選択的非婚者」とそうでない「不本意未婚者」がいるそうです。前者は約20%で、残りは後者だそうです。
彼は「結婚しないと不幸」という呪いから脱却せよとも主張していますね。たしかに、平塚の街を歩いていても、二人に一人は「ソロ」なのだと思えば、独身の肩身が狭いなどという時代は終わったのかもしれません。

かつて七夕祭りの人混みの中で、きらびやかな竹飾りの影に隠れ、カップルたちの熱気に当てられていた日々が懐かしく思い出されます。今となっては一人、花水ラオシャンで酸味の効いたタンメンをすする時間こそが、至高のデトックス。澄んだスープに浮かぶ玉ねぎを無心で追いかけていると、煩わしい人間関係など、酢の力で溶けていくような気がいたします。とはいえ、新しく整備された「ひらつかシーテラス」を眺めれば、考え方は人それぞれ、そこには賛否両論の波が静かに打ち寄せています。

「自分じまい」の準備はいかに

少子化という大きなうねりはさておき、個人的に気になるのは、自分という存在の「店じまい」の方法です。介護、葬儀、そして遺された家。平塚の心地よい潮風に吹かれながらも、頭の隅をよぎるのは「私の最後の手続き、誰がやってくれるのかしら?」という、非常に現実的な砂粒のような不安でしょう。

そこで、私たち行政書士の出番でございます。「身寄りがない」ことは、決して心細いことではありません。むしろ、自分の最期を自分のセンスでプロデュースできる「自由」があるということ。「遺言書」で財産の行き先をスマートに決めたり、「死後事務委任」という契約で、葬儀や片付けをあらかじめプロに託したり。それは、七夕の短冊に願いを書くよりも、ずっと確実におのれの未来を守る儀式なのです。

ソロで生きる強さと、事務手続きによる安心感。平塚の海のように、穏やかで淀みのない余生をデザインするお手伝いができればと思っております。一度、あなたの「バックアッププラン」についてお話ししてみませんか。

法的な備えで安心の旅路を

太陽は、リア充にもソロにも平等に昇ります。ひらつかシーテラスを黄金色に染める朝焼けを眺めながら、私は確信しました。

独身という名の自由な海を漂うには、コンパスとなる「備え」が必要なのだと。
ラオシャンのタンメンが朝の胃袋に染み渡るように、法的な準備があなたの未来に安心を届けます。

「私の一生、これでいいのかしら?」という、形のない不安の雲が朝日に溶けていくまで。平塚の海辺で、あなたの声を静かにお待ちしております。

こうした社会の波の中で、ご自身やご家族の将来に少しでも不安を感じたら、まずは弊所へお気軽にお話をお聞かせください。おひとりさまの『これから』を一緒に考えるパートナーとして、誠心誠意サポートいたします。

高齢者支援

後見制度が変わる!「一生お任せ」から「必要な時だけ」のオーダーメイドへ民法改正。「自分らしく生きる」を支える新ルールとは?

政府は2026年4月3日、成年後見制度を抜本的に見直す民法改正案を閣議決定し、原則として一生続く「終身制」を廃止して期間限定の利用を可能にする。本人の意思尊重と利用促進を目的に、必要な事柄・期間だけ支援を利用しやすくする内容で、行政書士は制度設計や期間限定の支援において重要な役割を果たすと期待される。
詳細は朝日新聞デジタルを参照。

「成年後見制度って、一度始めたら死ぬまでやめられないんでしょ?」
「自分のお金なのに、自由に使えなくなるのは困る……」

そんな不安から、これまで制度の利用をためらっていた方に朗報です。これまでの後見制度は、いわば「フルタイム・一生継続」のガチガチなルール。しかし今回の改正で、「必要な時だけ」「特定の用事だけ」頼める、オーダーメイドな仕組みへと大きく舵を切ります。
「最後まで自分らしく、自分の意志でお金を使い、暮らしを決めたい」そんな方々にとって、この改正はまさに「味方」になる変化です。

ここが劇的に変わる!2つの新ルール

今回の改正で、特に注目してほしいのが、「期間」と「範囲」のカスタマイズです。

1.「一生お付き合い」から「必要な期間だけ」へ
これまでの後見制度は、一度始まると「ご本人が亡くなるまで」続くのが大原則でした。「ちょっと施設入居の手続きだけ手伝ってほしい」と思っても、一生分の費用や管理がセットでついてきたのです。改正後は、「この不動産を売却するまで」「老人ホームへの入居契約が終わるまで」といった具合に、期限を決めて依頼できるようになります。用件が済めば、後見人との契約もスッキリ終了。これなら「一生涯続けなければいけない」ような窮屈さはありません。

2.「全部お任せ」から「困ったことだけ」へ
これまでは、後見人がつくと預金通帳から実印まで、財産管理のすべてを委ねる形が一般的でした。しかし、これからは「この銀行口座の管理だけ」「この契約手続きだけ」と、サポートが必要な範囲をピンポイントで指定できるようになります。「自分にできることは自分でやり、苦手な事務作業だけプロに外注する」。そんな、まるで秘書を雇うような感覚で制度を使えるようになるのです。

任意後見 vs 改正後の法定後見:どう使い分ける?

今回の改正で「法定後見」が柔軟になるとはいえ、忘れてほしくないのが「任意後見」の存在です。「任意後見」は、あなたの『こだわり』を形にするもの元気なうちに、「誰に」「どんな生活を支えてほしいか」を公正証書で契約しておく制度です。
自分の趣味や、お金の使い道、最後をどう迎えたいかまで、「あなたの想い」を100%反映できるのは、やはり任意後見です。「改正後の法定後見」は、あなたの『困った』をピンポイントで助けるものもし事前に準備をしていなくても、「不動産の売却だけ」「施設入居の手続きだけ」と、必要な時だけプロの力を借りられるようになります。

つまり、「将来の安心を自分でデザインしたい」なら任意後見をベースにし、万が一の想定外の事態には新しくなった法定後見でスポット的に補う。そんな「いいとこ取り」ができる時代がやってきます。

自分らしい老後のための「設計図」を

今回の民法改正は、国が「もっと個人の意思を尊重しよう」と舵を切った大きな一歩です。「一度始めたらやめられない」という不安が消え、後見制度は「あなたを縛る鎖」から、「自由を守るためのツール」へと変わります。
自由度が高まるからこそ、大切になるのは「どのタイミングで、どの制度を、どう使うか」というあなただけの設計図です。「まだ元気だけど、将来のことが少し気になる」「自分らしい生活を最後まで守り通したい」そんな想いがある方は、ぜひ一度ご相談ください。新しくなる制度を賢く使いこなし、あなたが主役の人生を最後までプロデュースする。そのお手伝いをするのが、私たち行政書士の役割です。

今後のスケジュール:いつから変わる?

今回の閣議決定を受け、6月下旬にもパブリックコメントに付され、広く意見が募られます。その後、さらなる議論を経て、2026年度の法改正を目指すスケジュールとなっています。

「今」できること…

制度が変わるのをただ待つ必要はありません。改正の方向性が「本人の意思尊重」へと明確になった今こそ、今のうちから「自分ならどうしたいか」を考え、任意後見などの準備を始めておくことが、新制度を賢く使いこなす近道です。

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お墓の不安を解消する、法事の席でこぼれた「誰にも迷惑をかけたくない」という本音

「この話に枝から枝にいつしか咲いたよ 見事な花が」不安を安心へ。枝から枝へと言葉を紡げば、いつしか心に見事な花が咲くものです

将来に関する切実な不安

今日、親戚の法事に参列しました。久々に顔を合わせた親類たちと静かに語らう中で耳にしたのは、将来のお墓に関する切実な不安でした。

「自分がいなくなった後、このお墓は誰が見てくれるんだろう?」

「残された子どもたちに、あとの手続きで苦労をさせたくない……」

共通していたのは、周りを思うがゆえの「誰にも迷惑をかけたくない」という、優しくも切実な願いでした。
法事のあとの直会(なおらい)では、そんな不安が枝から枝へと移るように広がり、いつしか解決への糸口を探る対話の花が見事に咲いたのです。

「その不安」をどう解消するか:墓じまいと改葬のサポート

まず、多くの方が誤解されがちなのがお墓の仕組みです。実はお墓の土地は「所有」しているのではなく、あくまで「使用権」を借りている状態に過ぎません。そのため、お墓を使い終えるときにはお寺や霊園へ返還する必要があります。

しかし、そのために必要な「改葬許可申請」などの行政手続きは、非常に複雑で手間がかかるものです。そこで私たち行政書士は、役所への書類提出やお寺とのやり取りを代理し、スムーズな墓じまいをサポートします。

例えば、最近増えている樹木葬や海洋散骨など、管理の負担が残らない「永代供養」への切り替えを検討する際も、事務手続きの面からお力添えが可能です。

「死後の片付け」をあらかじめ予約する:死後事務委任契約

また、お墓のこと以上に心配されるのが、亡くなった直後の実務的な片付けです。
「家の片付けや役所の手続きを誰に頼めばいいのか」という不安に対しては、「死後事務委任契約」が大きな支えとなります。

これは、葬儀の手配から遺品整理、公共料金の解約、さらにはSNSなどのデジタル遺産の整理に至るまで、あらかじめプロである行政書士に任せておく契約です。これを結んでおくことで、親族に実務的な負担を一切かけることなく、ご自身の希望通りに人生を締めくくることができます。

「もしも」の時に備える:見守りと遺言のセット

さらに、将来への不安は亡くなった後だけではありません。「元気なうちはいいけれど、もし認知症になったら? 財産の管理はどうなるの?」といった声も聞かれました。

そのような場合には、「任意後見契約」「遺言書の作成」をセットで備えることをお勧めしています。「親族には、ただ『思い出話』に花を咲かせてほしい。面倒な手続きはプロに任せてあるから大丈夫」と言い切れる状態を作ることが、ご自身にとっても周囲にとっても最大の安心材料になります。

結びに:一人で抱え込まず、プロという選択肢を

「誰にも迷惑をかけたくない」という思いが強い方ほど、つい一人で悩み、動けなくなってしまうものです。しかし、行政書士はその想いを「契約」という形にして確実に守る伴走者です。

親族だからこそ、かえって言いにくいこともあるでしょう。そんなときは、まずはプロという選択肢を頼ってみませんか。
法事の日の空に咲く花のように、あなたの心にある不安も、きっと晴らしていくことができるはずです。

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消えた中波の砂嵐、デジタル化の憂鬱

AMラジオの雑音を友にする

遠ざかる「砂嵐」の音と、変わりゆく放送の姿

雨続きの花冷え、窓の外はどんよりとした灰色。

2026年3月29日、NHKラジオ第2放送がひっそりとお隠れになりました。

その最大の理由は、NHK全体の「経営のスリム化」と「メディアのインターネット移行」
実は、NHKだけでなく民間放送(AM局)も大きな岐路に立っています。
現在、全国の民放AM局の多くが、2028年までにAM放送を休止し、FM放送(ワイドFM)へ一本化することを目指しているそうです。

この「切り捨てられ感」、中波放送の温もりを知る世代としては、胸の奥がチリチリと焼けるようです。

「心の拠り所」を社会の隙間に落とさないために

一人暮らしで、AMラジオを友にする高齢者の方々は、どう思われるでしょうか。

私の生業である「高齢者支援」の現場でも、これは他人事ではありません。
支援の本質は、書類を整えること以上に、その人の「心の拠り所」を社会の隙間に落とさないこと。

デジタルの荒波に、アナログの「通訳」を添えて

でも、嘆いてばかりいても、何も生まれてはこないし、湿っぽい顔は、士業としての名が廃ります。
ここはひとつ、アナログの深みとデジタルの荒波の両方を知る60代の私が、お節介を焼くしかないのでしょう。

「ポッドキャストって、要は録音されたラジオですよ」
「サブスクは、無限に流れる有線放送みたいなもんです」

行政書士という仕事も、難しい法律の皮を剥いで、分かりやすく伝える翻訳者のようなもの。
そんな風に、ハイテクの皮を剥いで、皆さまに「新しい楽しみ」を強引にでもねじ込んでいく。
それが、激動の時代に挟まった私なりの、ささやかな「お手伝い」なのかもしれません。

いつの間にか雨は止み、雲の隙間から春の光が。
それでも私は、ラジオの向こう側にあった『誰かと繋がっている感覚』を、デジタルという新しい手段で提供し続けたい

おセンチな気分を脱ぎ捨てて、さて、次はどのサブスクでディランを楽しみましょうか。
指先一つで思い出にアクセスできる便利さを、少し呪いながらも、ちゃっかり享受して生きていこうと思います。

参考:NHKラジオ再編のお知らせ

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孤独を「孤高」へ昇華させる、大人のためのお守り

四月、すべての始まり。
葉桜さえ芽吹けど、雨はしとしと、しとぴっちゃんと降り止まず、心身に孤独のカビが繁殖しそうな寒さです。

一昨年施行された「孤独・孤立対策推進法」。国がわざわざ「孤独は有害」と定義した事実に、自由を謳歌する身としては背筋に冷たいものが走ります。
統計を見れば、独居世帯はうなぎのぼり。タワマンの灯りの数だけ、虚無を抱えてスマホを凝視する魂があると思うと、目眩がいたします。

挨拶のない日常に安心のお守りを

自由でリラックスできる社会の裏側で、地域との繋がりは希薄。
挨拶のない日常という「無菌状態」は、高齢化とともに、ずしりと重く身に応えてくるはずです。

当然、行政も対策に奔走していますが、私たち行政書士ができること。それは、皆様が「おひとりさま」としての矜持を保ちつつ、安心してこの世を去るための「契約」という名の護符(お守り)を授けることです。

見守り契約:孤独という闇に、定期的な安否確認という「生存証明」の光を。

任意後見:「あれ、何だっけ?」と、綾小路きみまろさんのネタになる前に、備えあれば憂いなし。未来の自分への、最高に優しいギフトです。

死後事務委任:葬儀や遺品整理……魂の「出口戦略」を法的にガード。

人は一人で生まれ、一人で死んでいく。それは逃れられない摂理であり、あまりにも重すぎる永遠のテーマです。死に直面したときにその答えが出るのかは分かりませんが、せめて法的な「結界」だけは盤石に。孤独が「孤高」という名の高潔なものに変わるよう、全力で見守らせていただきます。

こうした社会の波の中で、ご自身やご家族の将来に少しでも不安を感じたら、まずは弊所へお気軽にお話をお聞かせください。おひとりさまの『これから』を一緒に考えるパートナーとして、誠心誠意サポートいたします。

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高齢者の「制度」を「納得」に変える、一番身近な支援

先日、父のもとに、帯状疱疹ワクチンの利用券が届きました。
行政からの通知は、一枚のはがきに必要な情報が集約されており、非常に効率的で洗練されたレイアウトだと感じます。
しかし、制度として正確であればあるほど、高齢の当事者がその内容を短時間で正しく理解するのは、想像以上にハードルが高いという現実もあります。

「生ワクチン」と「不活化ワクチン」、効果の差はどこにあるのか。副反応はどうなのか。そして、高齢の体に2回接種する負担はどの程度なのか。

行政書士として高齢者支援を掲げていながら、いざ自分の親のこととなると、最適な「解」を見つけるのは案外難しいものだと実感しました。

行政のホームページを参考に作成

検討の末、私たちが選んだのは「生ワクチン」でした。高い予防率を追求するよりも、体への負担の少なさと、1回で済む手軽さを優先したのです。
「万が一の時にひどくならないための、2,700円のお守り」
そう伝えると、父も心から納得した様子でした。

制度の枠組みを正確に伝えるだけでなく、その方の「今」の生活や体調にどう寄り添うか。

今回の経験は、これからの高齢者支援の仕事にも通ずる、大切な視点を再確認させてくれる出来事となりました。行政が用意してくれた制度という「器」に、私たち専門家が「納得」という中身を注ぐ。
それこそが、行政書士としてできる地域への恩返しではないかと考えています。

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洒水の滝、あの日言えなかったこと

落差を美しさに変えて ― 洒水の滝で触れた「人生の深み」

前回の「洒水の滝」の記事、読んでいただきありがとうございました。
実は、あの滝の前で出会った老婦人とのやり取りのなかに、どうしても書き添えておきたい「ひとりごと」があります。

「川も、滝も……。不思議と、見飽きないですね」

私が……そう、独り言のように吐き出したとき、彼女が静かに、深く頷いたあの表情。それが今もふとした瞬間に蘇るのです。

滝を眺めていると、なんだか人生そのものを見ているような気分になります。

川の流れが、滝へと変わる瞬間

穏やかに流れていたはずの川が、ある日突然、断崖絶壁に突き落とされる。
逃げ場もなく岩に打ちつけられ、砕け散る。そんな、容赦のない「落差」の瞬間。
けれど不思議なことに、人はその激しさを「見事な滝だ」と称え、美しいと眺めます。

海に近いゆったりとした川もあれば、滝のように険しい場所もあり、時には水さえ枯れてしまう時もあるでしょう。
轟々と響く音を背に、私は自分の人生の「今」はどこだろうかと、しばし考え込んでしまいました。

あの時の彼女の頷きは、そんな人生の起伏をすべて知った上での、優しい共鳴だったのかもしれません。

皆さんの人生の川は、今、どんな流れの中にありますか?

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