高齢者支援

日々の雑感, 高齢者支援

高齢者の「制度」を「納得」に変える、一番身近な支援

先日、父のもとに、帯状疱疹ワクチンの利用券が届きました。
行政からの通知は、一枚のはがきに必要な情報が集約されており、非常に効率的で洗練されたレイアウトだと感じます。
しかし、制度として正確であればあるほど、高齢の当事者がその内容を短時間で正しく理解するのは、想像以上にハードルが高いという現実もあります。

「生ワクチン」と「不活化ワクチン」、効果の差はどこにあるのか。副反応はどうなのか。そして、高齢の体に2回接種する負担はどの程度なのか。

行政書士として高齢者支援を掲げていながら、いざ自分の親のこととなると、最適な「解」を見つけるのは案外難しいものだと実感しました。

行政のホームページを参考に作成

検討の末、私たちが選んだのは「生ワクチン」でした。高い予防率を追求するよりも、体への負担の少なさと、1回で済む手軽さを優先したのです。
「万が一の時にひどくならないための、2,700円のお守り」
そう伝えると、父も心から納得した様子でした。

制度の枠組みを正確に伝えるだけでなく、その方の「今」の生活や体調にどう寄り添うか。

今回の経験は、これからの高齢者支援の仕事にも通ずる、大切な視点を再確認させてくれる出来事となりました。行政が用意してくれた制度という「器」に、私たち専門家が「納得」という中身を注ぐ。
それこそが、行政書士としてできる地域への恩返しではないかと考えています。

日々の雑感, 高齢者支援

洒水の滝、あの日言えなかったこと

落差を美しさに変えて ― 洒水の滝で触れた「人生の深み」

前回の「洒水の滝」の記事、読んでいただきありがとうございました。
実は、あの滝の前で出会った老婦人とのやり取りのなかに、どうしても書き添えておきたい「ひとりごと」があります。

「川も、滝も……。不思議と、見飽きないですね」

私が……そう、独り言のように吐き出したとき、彼女が静かに、深く頷いたあの表情。それが今もふとした瞬間に蘇るのです。
滝を眺めていると、なんだか人生そのものを見ているような気分になります。

川の流れが、滝へと変わる瞬間

穏やかに流れていたはずの川が、ある日突然、断崖絶壁に突き落とされる。
逃げ場もなく岩に打ちつけられ、砕け散る。そんな、容赦のない「落差」の瞬間。

けれど不思議なことに、人はその激しさを「見事な滝だ」と称え、美しいと眺めます。

海に近いゆったりとした川もあれば、滝のように険しい場所もあり、時には水さえ枯れてしまう時もあるでしょう。
轟々と響く音を背に、私は自分の人生の「今」はどこだろうかと、しばし考え込んでしまいました。

あの時の彼女の頷きは、そんな人生の起伏をすべて知った上での、優しい共鳴だったのかもしれません。

皆さんの人生の川は、今、どんな流れの中にありますか?

日々の雑感, 高齢者支援

春の滝に、独り語りを聴く

今日は妻とお花見ハイキングへ。
昨日の箱根の混雑に少々辟易したため、今日は妻の提案で山北町を選びました。
河村城址から洒水の滝、そして桜まつりを巡り、最後は温泉という贅沢な日帰りコースです。
休日の行楽日和にもかかわらず、私たちの選んだルートは意外なほど人影がまばら。静かな時間を、春風とともに味わうことができました。

名勝・洒水の滝で、たまたま出会った一人の老婦人と話が弾みました。
豪快な飛沫を眺めながらの会話。「次は富士山にも挑戦したい」という意欲的な言葉の端々に、ふと「一人暮らし」を連想させる響きが混じります。
「パートナーがいるっていいですね」――その一言に、実感がこもっていました。

4割を占めるおひとり様の自由と不安

現在、日本の単身世帯(独居世帯)は約2,110万世帯に達しており、全世帯の約38%を占めています。
「独り」であることの自由さと背中合わせの不安。行政だけでは手が届かない課題が、美しい滝の裏側にある深い淵のように、あちこちに潜んでいます。

「いつかはあの嶺へ」と語る彼女の瑞々しい向上心が、孤独や将来への不安に曇らされてしまうのはあまりに惜しい。
老後の安心を整えることは、単なるリスクヘッジではありません。
心置きなく「次の挑戦」を楽しむための、いわば人生の潤いを守るための土台作りなのだと再確認しました。
私たち「街の法律家」が伴走することで、その一歩がもっと軽やかになるのなら。

例えば、こんな「支え」の形があります。
見守り契約:定期的な連絡で孤独を和らげ、万一の異変に備える。
任意後見契約:判断能力が低下した際に備え、信頼できる人に財産管理を託す。
死後事務委任契約:葬儀や片付けなど、最期のアフターケアをあらかじめ受託する。

名瀑を前に、案外できることはたくさんあるものだと、しばし瞑想にでも耽っているような、神妙な面持ちになっていました。

最後は「桜の湯」で汗を流し、湯上がりには左手を腰に、きゅっと冷えた缶ビールの「粋な一杯」で締めです。
これからの相談業務も、その喉ごしのキレ味のごとく、清々しく取り組んでまいります。

見事な晴れ舞台。その刹那の輝きに、人は己を重ねる

高齢者支援

高齢の父が免許を更新した日 ―― デジタル化の壁と行政書士にできること

写真はイメージです

本日、昭和一桁生まれの父の運転免許更新に付き添い、警察署へ行ってきました。
90歳を超えてなお、自ら家事をこなし、認知機能も正常。
父にとって免許証は、単なる許可証ではなく、自立して生きる「現役の証」であり、誇りそのものです。

しかし、現場で目にしたのは、高齢者が直面する高い「デジタル化の壁」でした。

警察署で聞いた「切実な声」

現在の更新手続きは、75歳以上の認知機能検査から始まり、視力検査、そして機械への暗証番号入力など、多くのステップがデジタル化されています
隣で操作に難儀していた方がこぼした「いくらか払ってでも、誰か代わりにやってくれないか」という言葉。それは、身体能力はあっても、複雑なシステムに置き去りにされる不安の表れだと感じました。

行政書士として、私たちが「伴走者」になれること

本来、免許更新は本人の出頭が原則です。しかし、そこに至るまでの「準備」や「その後の選択」において、私たち行政書士がサポートできることは多々あります。

手続きの交通整理: 認知機能検査の予約や、必要書類の事前準備のアドバイス。

「返納」という決断のサポート: 運転を卒業する際、身分証となる「運転経歴証明書」の申請補助や、返納後の生活設計(遺言・後見制度)の相談。

デジタル格差を埋める相談窓口: 2025年からは「マイナ免許証」も始まっています。

操作の代行はできずとも、仕組みを噛み砕いて説明し、心理的なハードルを下げる「伴走者」としての役割が、今こそ求められています。

驚きのデータ:100歳を超えてもハンドルを握る人々

最後に、興味深い統計をご紹介します。
警察庁のデータ(令和5年末)によると、日本には100歳以上の免許保有者がなんと「6,423人」もいらっしゃいます。
90〜94歳の方に至っては約24.3万人。父の挑戦は、決して特別なことではなく、これからの超高齢社会における一つの日常なのです

結びに

「返納すべき」という一般論も大切ですが、父のように「ルールを守り、限界を知り、技術で補う」ことで自立を保つ姿もまた、尊重されるべき一つの形です。

私たちは、単なる書類作成の代行者ではなく、高齢者の「誇りある暮らし」を守るための法務のパートナーでありたい――。警察署の喧騒の中で、改めてそう強く感じた一日でした。

    参考:70歳から74歳までの方の運転免許更新手続(高齢者講習)神奈川県警のページ

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