投稿者名:ethos

相続・遺言

第2回:自筆証書遺言の「印籠」効果と、知っておくべき落とし穴

左手に見えるは、今話題の東京理科大学。前を流れるは、水に流して丸く収まる外濠の調べ

今回は、なぜ私が「自筆証書遺言」を推すのか、そのメリットと、逆に「ここだけは気をつけて!」という注意点を深掘りします。

遺言書は、まさに「印籠」

まず大前提として知っておいていただきたいのは、遺言書があれば原則、親族全員で話し合う「遺産分割協議」が不要になるということです。
通常、遺言がないと、相続人全員のハンコ(実印)と印鑑証明を揃えるまで、銀行口座は凍結されたまま。これがなかなか大変で、一人でも協力しない人がいると詰んでしまいます。
しかし、遺言書はまさに「水戸黄門の印籠」。これがあれば、金融機関も、「かしこまりました」と手続きに応じてくれます。この安心感は、残される家族への最大のプレゼントです。

自筆証書遺言の「3つの手軽さ」

なかでも自筆証書遺言は、とにかく心理的・経済的ハードルが低いです。

証人が不要: 公正証書遺言だと2人の証人が必要ですが、自筆なら自分一人で完結。秘密も守れます。

圧倒的な安さ: 公証役場へ払う手数料(財産額によりますが数万〜十数万円)がゼロ。

リライトにも対応: 「やっぱりあのお宝は丸男に」と思い直した時、比較的手軽に書き直すこともできます。

「法務局保管制度」で、弱点を安心に変える

さらに2020年から始まった「自筆証書遺言書保管制度」を組み合わせれば、これまでの弱点がすべて消えます。

検認不要: 本来、自筆の遺言書は死後に家庭裁判所で「検認(中身の確認手続き)」が必要で、数ヶ月かかります。法務局に預けておけばこれがスキップされ、すぐに手続きに入れます。

紛失・隠匿の心配なし: 仏壇の奥に隠す必要はありません。法務局がガッチリ守ります。

死亡通知サービス: あなたが亡くなった後、法務局から指定した相続人に「遺言書を預かっていますよ」と通知が届きます。まさにコンビニ感覚の便利さです。

要注意!それでも「自筆」に潜むリスク

「じゃあ、今すぐ紙とペンを用意して書こう!」……ちょっとお待ちを。自由だからこそ、注意点もあります。

「全編自筆」がルール: 財産目録(リスト)以外は、すべて手書きでなければなりません。パソコンで打った遺言や、ボイスレコーダーの録音は無効です。

曖昧な表現はNG:「丸男に多めに」といった曖昧な書き方では、銀行は動いてくれません。「誰に」「何を」を法的に正確に指定する必要があります。

遺留分(いりゅうぶん)への配慮: 特定の人に財産を託したいという想いは自由ですが、法律には他の相続人に最低限保障された「遺留分」という割合があります。これをあらかじめ考慮する形でスマートに財産を分けるか、あるいは、あえて特定の型にとらわれず、ご自身の自由な意思で特定の人へ届けるカタチにするか、遺言の設計にはいくつかの『選択肢(オプション)』があります。

どの道を選ぶにしても、大切なのは単に数字を分けることではありません。「なぜこの配分にしたのか」という背景や親心(付言事項)をしっかり書き添え、家族の納得感を作る工夫こそが、行政書士ができる予防法務の真髄です。

少し先の話──自筆証書遺言はさらに進化する?

実は2026年6月、国をあげて進められていた「遺言のデジタル化(DX)」を具現化する法案(改正民法等)が正式に成立・公布(※)されました。これによって新設される「デジタル遺言(保管証書遺言)」制度により、あと数年以内には、スマホやパソコンで遺言書を作成し、電子署名をしてネット経由で法務局に保管できる時代が幕を開けます。
※公布日から3年以内に施行予定で、現時点ではまだ利用できません。

自筆証書遺言は、古い制度どころか、最も時代に合わせた進化を遂げようとしている「最先端の選択肢」なのです。

しかし、どれほど制度が便利になっても、「書く中身」の重要性は変わりません。せっかくの「印籠」が、ただの「データ屑」や「争いの種」になっては元も子もないのです。

では、新しい時代に向けて、どうすれば「確実に効力を発揮し、かつ家族が円満でいられる遺言」が作れるのか?
次回は、その作成を行政書士に任せるメリットについて詳しくお話しします。

相続・遺言

令和の遺言は「早い・安い・手軽」が新常識。自筆証書遺言のすすめ

水面に映る歴史を現代に伝える「和田倉橋」と丸の内の高層ビル群

「遺言に何を書くか」

そう聞かれて、多くの方がこう思うはずです。「いや、うちには大した財産なんてないし、書くこともないよ」と。
実はこれ、小学校の作文の時間に「テーマは自由です」と言われて、逆に筆が止まってしまうあの感覚に近いのかもしれません。選択肢が無限にあると、人はかえって迷うものです。

でも、大丈夫、遺言には「お作法(型)」があります。
たとえば、こんな具合です。
「遺言者 丸山まるおは、次のとおり遺言する。第一条 遺言者は、遺言者所有の次の不動産を妻・丸山まるこに相続させる……」
法律上の効力を持たせるにはこうした「型」が大切ですが、中身はもっと自由でいい。

さて、遺言書には大きく分けて「公正証書遺言」「自筆証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類がありますが、私が今、おすすめしているのは、令和のスタンダードになりつつある「自筆証書遺言」です。

一昔前までは「保管が大変」「書き間違いで無効になる」といったリスクが目立ちましたが、今は違います。まさに「早い、安い、手軽」の三拍子。

特に、2020年から始まった「自筆証書遺言書保管制度(法務局での保管)」を組み合わせるのがミソです。これを利用すると、死後の面倒な「家庭裁判所の検認手続き」が不要になります。

残されたご家族の手間と費用をグッと抑えられる、非常にコスパ……いえ、タイパの良い選択肢なんです。

では、なぜそこまで自筆を推すのか?
具体的なメリットと注意点を、相続・遺言の全5回シリーズで詳しく解説します。

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日々の雑感

老いを語り、いたわり合うトラットリアの宴

行楽の秋。やはり人との出会いや再会は、この季節に限る。
「涼しくなったらお会いしましょう」なんて山ほど交わした約束が、いま、カラッとした社交の季節となって一気に動き出す。

同窓会、英語で言えばリユニオン。過去と再会し、己の時間を巻き戻す。
立ち止まり、ルックバックし、自分が何者であるのか、かつて何者であったのかを再確認する時間だ。

いつものトラットリアで、学び舎の友たちと再会した。
話題といえば、「マイ健康ブーム」の報告会。水泳にジョギング、トライアスロンから会員制スポーツクラブでのトレーニング自慢まで、健康オタクたちのハツラツとした情報交換に花が咲く。お互いを心底いたわり合い、エネルギーをチャージし合う、じつにいい会合になった。

これから来月にかけて、同じような集まりがまだまだ続いていく。老いをともに語り合える友がいることに、ただ感謝したい。

高齢者支援は人のためならず。
Grow old along with me.

外国人在留手続

箱根「Geisha’s Bar」で勝手に感じた、国際派プロフェッショナルの絆

舞台を美しく彩る、御姐さん方のしとやかな舞い

Time flies — 光陰矢の如し。
月に一度、箱根で英語を浴びるセッションの日がもう巡ってまいりました。
今回は「これが今夏、最後の清涼剤……」と自分に言い聞かせ、帰りに英語仲間に連れられて芸者衆の世界へと迷い込んできました。
毎年恒例の人気イベント「Geisha’s Bar」です。

普段は芸者衆がお稽古を重ねる神聖な舞台。
そこには、箱根芸者の御姐さん方が醸し出す高貴なオーラと、洗練されたおもてなしと国際交流の熱気が心地よく渦巻いておりました。

TOEIC満点クラスの語学力、お座敷を支えるプロの知性と教養

今回お座敷についてくださった御姐さんは、流暢な英語をお話になるそうです。
聞けば、TOEICのスコアが満点近いとのこと。

国際業務を大きな柱のひとつに掲げる私ですが、彼女たちの知性と教養、あるいはその凛(りん)とした佇まいには、ただただ脱帽するばかりです。
巧みな語学を駆使して優雅に世界をもてなす御姐さんたちと国際業務を柱にする私。住む世界は違えど、何か心の奥で同志の絆のようなものを勝手に感じておりました。

おもてなしの心と国際法務の交差点

お座敷での粋なトークは一流の芸者衆にお任せするとして。
海外からのゲストを大満足させた後の「在留手続」や「日本でのビジネス展開(経営・管理ビザなど)」という現実的なお悩みは、当事務所が承ります。
箱根の御姐さん方に負けない語学力とコミュニケーション能力をフル稼働させ、行政書士としての「品位」をしっかりと保ちながら、全力でサポートさせていただきます。

日々の雑感

タイム・イズ・ライフ。猛暑での再会と、秋の夜長に勤しむ「老年学」

成川美術館から望む7月の芦ノ湖。秋の箱根はどんな表情を見せてくれるのか

あっという間に終わるのは、夏休みの宿命でしょうか。
この間まで「たっぷりある」と思っていた時間は、一体どこへ行ってしまったのやら。
カレンダーを眺めながら、迫る新学期を前に現実逃避を決め込んでいる全国のちびっ子たちと、今の私はまったく同じ心境です。

タイム・イズ・マネー(時は金なり)。
そして、タイム・イズ・ライフ(時間は命そのもの)。

そんなことをふとセンチメンタルに考えさせられるほど、この夏も、本当にたくさんの素晴らしい出会いに恵まれました。

灼熱の鎌倉から、世界を覗く

鎌倉のシンボルともいうべき大仏を本尊とする高徳院も大賑わい

まずは、かつて混沌とエネルギーの地・インドで出会ったSunnyが、突然の来日。よりによってこの酷暑の中、妻の「鎌倉を案内したい!」という名案に従い、汗だくになりながら古都を巡ってまいりました。

さらに別の日、欧州在住の親類とも久々の再会を果たし、和食三昧で積もる話に花を咲かせたのもプレシャスなひとときでした。

彼女らと話していると、日本にいながらにして、話題がごく自然にグローバルな方向へと広がっていくから不思議です。もはや「世界」は、海の向こうの遠い場所ではないのだと肌で実感します。私たちの日常はすでに、地球規模のネットワークと地続きになっているようです。

秋の夜長に、自分ファーストな企てをひとつ

楽しい宴の後には、決まって少し寂しい秋の気配が忍び寄るもの。
気分はもうすっかり秋ですが、ただでさえ「頭と腰」が頼りの仕事柄、この秋は少し毛色の違う「企て」をスタートさせようと考えています。それが、以前のブログでも少し触れた「老年学(ジェロントロジー)」の本格的な探究です。これは、シニアの皆様の理想的な生き方や、住まいをはじめとするリアルなリスクをサポートするための実務的な学問です。

ここで得る知識は、今の業務に役立つのはもちろんのこと、少しずつ「老い」のステップを上り始めた自分自身にとっても、かけがえのない財産となりそうな予感がしています。

世界を見据える「ビザ・在留資格手続き」から、人生の後半戦を健やかに生き抜くための「高齢者支援」まで。国境を越えるお悩みも、未来の安心への備えも、どうぞお気軽にご相談ください。

日々の雑感

平和を噛みしめたあと、数十年ぶりの宮島で海外旅行気分に浸る

8月6日の「原爆の日」を前に、平和記念式典の準備が進む平和記念公園

夏休み突入、私の絵日記特集にようこそ。
今年の妻との夏旅行は、少しばかりの思索を携えて、広島の地を選びました。
まずは、あの「濃厚な一通の契約書」――日本国憲法とも深く結びつく、平和記念公園へ。広島平和記念資料館に一歩足を踏み入れると、そこは国籍を問わず、世界中から集まった人々で満ちていました。

誰もが言葉を失い、展示された写真やキャプションの一言一言を、自らの人生に重ね合わせるように深く噛みしめて見入る姿が印象的でした。

瀬戸内異国情緒──パスポートなしで迷い込んだミヤジマを歩く

酷暑をも吹き飛ばす熱気。世界中からの旅人で賑わう夏の宮島

歴史の重みを胸に刻んだあとは、数十年ぶりとなる宮島へ。
ところが、いざ上陸してみれば、そこはヨーロッパやオーストラリアからの観光客で溢れかえる、まさに「隔世の感」の極み。飛び交う言語に耳を傾けているうちに、なんだかパスポートなしで海外旅行に迷い込んでしまったかのような錯覚さえ覚えました。いろいろな国の人々と話が弾み、交流できたのも思いがけない喜びでした。

旅のもう一つの主役である「食」もしっかり満喫しました。お好み焼きに、大粒で濃厚な牡蠣、そして名物のあなごめし。どれもご当地ならではの絶品ばかりでしたが、実は一番ご飯が進んだのは、宿の朝食で静かに存在感を放っていた「海苔」だったというのは、まさに瀬戸内の神秘です。
日本の朝食の原点に、平和の尊さをあらためて味わうことができました。ごちそうさま。

日々の雑感

「師」と「士(サムライ)」の深層、そして頼れる街の法律家へ──行政書士のリアルな立ち位置

「真の正義とは何か」かつて侍ふものだった男の優しさが際立つ

(出典:Wikimedia Commons “Kinema Jumpo”, Special April 1961 issue. 『用心棒』Public domain)

このところ、仕事柄、頭の硬い部分ばかりを使うことが多いため、このブログでは、のびのびと「息抜き」をさせていただいています。ですから、今宵も思いついたことを、そこはかとなく書きまくります。どうかご用心ください。

さて、私たちが日常的に使っている「〇〇し」という資格の言葉ですが、実はこれには「師」と「士(サムライ)」という、漢字に隠された目に見えない職能のドラマが存在します。今回は、この二つの文字が持つ意味と、私たち行政書士のリアルな立ち位置についてから始めます。

「命を救う先生」と「戦うサムライ」の境界線

漢字の成り立ちを紐解きますと、この二つには明確な役割の違いがあります。
「師」は、もともと軍隊を率いるリーダー。転じて「人々を教え導く、最高位の指導者・先生」を意味します。
「士」は、武器を持って戦う「サムライ」。つまり、特定の専門スキルを武器に自立する「実務家」です。

医療界を見ると、この意味合いは実にしっくりきます。
頂点に君臨するのは、命の方向性を導く「医師(師)」。その周辺で、具体的な医療実務という名の武器を持って支えるのが、理学療法士や作業療法士といった「〇〇士」の方々です。

余談ですが、私たちの髪型を素敵に整えてくださる「美容師」さんも「師」の文字を冠しています。
サロンの鏡の前で、ハサミを操る彼らを「先生!」と呼ぶ文化がありますが、あれは日頃「自分のビジュアルの正解」を見失い、迷える子羊となった私たちを、美の境地へと教え導いてくれる「指導者」だと考えれば、漢字のジャンルとしては大正解。私たちは安心して身を委ねられるわけです。

一方、法律や経済の業界(法曹界・士業界)に行くと、今度は「士(サムライ)」こそが最高峰のブランドとなります。その筆頭が、ご存知「弁護士」です。明治時代、法律という名の刀を引っ提げて市民のために戦った、元・本物のサムライたちが創り上げた世界だからです。

なぜ日本の弁護士は「アメリカのように増えない」のか?

そんな法律界のトップである弁護士ですが、実は日本ではその数が国や業界によって厳しく「制限」されてきた歴史があります。
2000年代、日本もアメリカを見習って「法科大学院(ロースクール)」をたくさん作り、弁護士を大量生産しようと試みた時期がありました。誰もが気軽に訴訟を起こせる社会を目指したのです。
しかし、この計画は急ブレーキがかかることになります。理由は、日本人がアメリカほど「何でも裁判で白黒つけたい民族」ではなかったこと。そして、増えすぎた弁護士が「食えないサムライ」となって巷に溢れ、業界のロイヤリティや信頼性が崩壊することを防ぐという、業界内の強い引き止めがあったからです。
結果として、日本の司法はあえて弁護士の数を「制限」することで、その高い敷居と、お高い費用(笑)を今なおキープすることになりました。

【イートスの豆知識】実際、数字を見ると笑えないほどの格差があります。アメリカの弁護士数が約133万人(住民1万人あたり約39人)なのは訴訟大国ゆえとしても、ドイツ約17万人(住民1万人あたり 約19.9人)やフランス約7万5,000人(住民1万人あたり 約10.8人)と比べても、我が日本の約4万5,000人(1万人あたりわずか3.6人)という数字は、先進国の中で桁違いに少ないのです。ドイツやフランスでは弁護士が多いため、費用も国がコントロールして『市民の身近なインフラ』になっていますが、日本は数を徹底的に絞ることで、弁護士の平均事業収入約2,558万円という『高いステイタスと報酬』をしっかり守り抜いたわけです。

「高嶺の花」の裏で、行政書士が愛される理由

弁護士の数が制限され、敷居が高いままであること。――実はこれこそが、私たち「行政書士」が現代社会で必要とされている最大の理由です。
もし日本にアメリカ並みに弁護士が溢れていたら、ちょっとしたお店の許認可や、遺言書の作成といった地味な実務まで、すべて『弁護士先生の領域』として根こそぎ持っていかれていたかもしれません。 しかし現実には、弁護士の先生方は訴訟などの大仕事でお忙しく、費用もそれなりにかかります。そこで出番となるのが、私たち行政書士です。
私たちは、トラブルが起きてから裁判所で骨肉の争いをするサムライではありません。トラブルが起きる前に役所の複雑な審査(許認可)をスマートに通し、完璧な書類を作ることで「紛争を未然に防ぐ(予防法務)、コスパの良いサムライ」なのです。

AIには真似できない『息遣いのある用心棒』

今後、AIの進化によって「ただ役所の枠を埋めるだけの作業」は消え去るでしょう。しかし、国際化が進むビジネスのビザ申請や、複雑怪奇な最新ビジネスの許認可など、書面だけでは伝わらない、人間らしい息遣いのある真摯なやり取りや、信頼を築くためのかけひきが必要な領域では、私たちのスマートな機動力こそが真価を発揮します。
「弁護士に頼むほどの大ごとではないけれど、誰かに優しく導いてほしい……」
そんな時は、医療界の「医師」や、髪型を委ねる「美容師」さんのように、あなたの生活やビジネスに静かに寄り添うサムライがここにいることを、ふと思い出していただければ幸いです。

皆さまからのご相談を、敷居もお値段もお求めやすく、ジャストサイズに整えてお待ちしております。さあ、今すぐ……!

日々の雑感

法の太刀を抜く前に、一呼吸。大人の円満解決へのアプローチとは

向日葵が梅雨明けをもうすぐ告げる。山下公園から産業貿易センタービルを臨む

最近のブログときたら、すっかり私自身の認知症予防のリアルな日記と化しておりますが、十分承知の上です。単なる暑さのせい、どうかご容赦ください。
さて、昨日まで「令和8年度新入会員実務研修会」の前半戦へ行ってまいりました。

神奈川県行政書士会の各専門部を代表する先生方の講義は、噛めば噛むほど味が出る濃厚さ。ただ座って拝聴していただけのはずなのに、押し寄せる深遠な知性の熱量に圧倒。しかも夜になれば「高齢者特有の中途覚醒」も何処へやら、泥のように眠るという、嬉しい副作用もありました。

闘わずして、健やかに歩む道

さて、数ある貴重な気づきの中でも、特に私のハートを激しく射抜いたお言葉がこちらです。

「法的な解決では人を幸せにはできない」

法律の太刀を抜いて白黒つける前に、トラブルそのものを未然に防ぎ、行政との架け橋となって円満解決へのクッションを敷くこと。私の脳内ネットワークには、とっさに「ファイティング・ウィズアウト・ファイティング(闘わずして勝つ)」という、スタイリッシュな教えがよぎりました。
“That’s it.” そう、それこそが行政書士に期待されている、血の通った役割なのでしょう。
社会の荒波に揉まれて少々汚れっちまった私ですが、プロとしての志と感性だけは、今でもピッカピカの純粋そのもののようです。

日々研鑽で知性をアップデート。ご相談は、いつでもどうぞ

会場内は、寸分たりとも聞き漏らすまいとする先生方の熱気に包まれており、来週からはさらに実践的な後半戦の講義へと突入いたします。
夏の誘惑であるプールやかき氷を楽しむ時間はしばらくお預けにして、重い資料を片手に日本大通りへと通い詰めるストイックな日々が続きそうです。

当事務所は、皆様の大切なご依頼に常に最高の手続きでお応えできるよう、こうした研修を通じて日々さらなる研鑽に励み、知識のアップデートを重ねております。民事法務、国際業務など、様々なお困りごとのご相談は、いつでもどしどし受け付けております。

法律で争う前に、まずは壁のない歩きやすい道を一緒に探してみませんか?
皆様からのアクセスを、酷暑に勝るとも劣らないピッカピカの情熱を持ってお待ちしております

高齢者支援

高齢社会のリアル|高齢者支援と居住実務の最前線から学ぶ「老年学」と老後の備え

台風上陸を前に、激しい雨が打ち付ける日本大通りから産業貿易センタービルへと急ぐ

ダブル台風の来襲と地震におびえ、毎月いそいそと出かけている箱根山での英語仲間との語らいも残念ながら中止となりました。
梅雨のうっとうしさ、いと耐へがたし。

というわけで、週末はつれづれなるままに、日暮らし、モニターに向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなくキーボードに打ちまくっております。

風雨の厳しい金曜日、私は神奈川県行政書士会民事法務部が主催する研修会へと足を運びました。
テーマは、「高齢者支援と居住実務の最前線」。書士会理事と国土交通省のご担当者が講師を務める、たいへん有用な(そして少し身につまされる)お話を拝聴いたしました。

【居住実務の現場】データが明かす「60歳」からの高齢者予備軍マーク

データによると、日本の総人口に占める高齢者の割合は29.4%と過去最高を更新。2040年には3,920万人に達し、国民の3人に1人が高齢者という「超高齢社会」の極みが到来します。そんな日本の厳しい現状において、我々行政書士がどう役割を果たすべきかが問われている、という内容でした。
高齢者支援は、「行政書士イートス法務事務所」が特に力を入れている主要業務でもあります。元気なシニアの理想的な生き方を研究する「老年学(ジェロントロジー)」への興味も、さらにそそられるひとときでした。

しかし、講師の説明を聞きながら、ふと「おや」と引っかかる点があったのです。
国土交通省のデータでは、なんと民間賃貸住宅(みんちん)に住む「60歳」の方から、すでに「高齢者予備軍」としてマークされていたのです。

65歳から高齢者だなんて思っていたら甘い、甘い、まさに「とらやの羊羹」です。
日本をドライビングする国(行政)の方々の視線は、我々が思うよりもずっとドライで、早め早めの対策を見据えているようでした。

【老年学への気づき】「自分はまだ若い」という自己暗示の妄想を解く

我々50代、60代にありがちな「若作り」「いやまだまだ遺言なんて早い」「若い者と知力体力遜色なし」などという過信というか、自己暗示に近い妄想から、老後の準備を後回しにする高齢者がいることです。その結果、老後の準備をどんどん後回しにしてしまいます。こうした妄想から目を覚まし、現実的なリスクに「気づいて」いただくことこそ、我々行政書士や福祉に携わる人間の大切な役割なのだと、私自身が深く「気づかされて」しまいました。

そのためには、具体的な一つの物語(ストーリー)として老後のイメージを持ってもらうことが大切だそうです。とはいえ、これがなかなか一筋縄ではいきません。街で急に「遺言書をお作りしましょうか」などと下手に声をかけようものなら、某有名ラーメン店の店主ばりの凄まじい剣幕で怒り出されてしまうのがオチでしょう。人間のプライドとは、それほどまでに繊細で頑ななものです。

【老後の備え】おひとり様の賃貸事情を救う「かかりつけ行政書士」の使命

少し話が逸れましたが、研修を終えて、行政書士がサポートできる領域の深さと広さを改めて噛み締めています。万が一の時に備えておく「死後事務委任契約」の準備。高齢者の住まいを確保するための「住宅セーフティネット」の活用。そして、亡くなった後の「家財道具等(残置物)の処分」にまつわる問題。

これらは、誰もが直面する可能性のある「おひとり様の賃貸事情」を改善するための大切な仕組みづくりです。
「まだ早い」という妄想を、安心な未来への物語へと変えるために。平塚の黒部丘にある行政書士イートス法務事務所は、地域の皆様の身近な「かかりつけ行政書士」として、いつでもお話を伺う準備を整えております。

外からは、まだ激しい雨音の調べが聴こえています。このうっとうしい雨が、未来への「慈雨」となることを願いつつ。

高齢者支援

オレンジのバッジを胸に、地域の認知症サポートと「心身の調律」を考える

輝く「ロババッジ」と修了証

三日坊主ならぬ、三日目のドクターストップ

陽気がよくなってきたので早朝ジョギングを再開したところ、長年のセデンタリー(座りすぎ)生活がたたったようです。三日連続で走った時点で、あえなくドクターストップとなってしまいました。本日は気候も穏やかな、絶好の静養日和。昨日参加した「チームオレンジ研修(旧認知症サポーター養成講座上級コース)」の余韻に浸りながら、静かに過ごしています。

「チームオレンジ」が紡ぐ、20年の安心の仕組み

今回の研修は、平塚市高齢者よろず相談センターあさひみなみが開催したもので、5月16日に参加した「認知症サポーター養成講座」の続編にあたります。講師は前回に引き続き、看護師でもある認知症地域支援推進員の方が務めてくださいました。

講義は前回の振り返りを交えつつ、認知症への理解と知識を深めるためのゲーム体験が中心でした。これが認知症に対する正しい理解を促す素晴らしいきっかけとなり、同時に、法律面から依頼者様に寄り添い続けようとする私の業務にとっても、進むべき道のヒントをいただいたように感じました。

こうした自治体単位の組織は、認知症になっても住み慣れた地域で安心して暮らし続けるための、大切な「支えあいの仕組み」です。政府の認知症施策の流れをくむ20年以上の歴史を礎としていることに、いまさらながら深い感銘を受けました。

生兵法は怪我の元、まずは自然治癒を待つ日々

研修では「認知症すごろく」を楽しみ、他の参加者の皆様ともお知り合いになることができました。研修終了後には、オレンジ色の「ロババッジ」と修了証をいただきました。自己肯定感と満足感に満ちた一日となり、高齢者の皆様の気持ちや、地域の一員として自分にできることを改めて見つめ直す、とても有意義な機会となりました。

さて、高齢者にはわずかに届かない私の年齢ですが、軽い神経痛なのでしょうか、太ももの裏がまだうずいており、本調子には遠い状態です。「生兵法は怪我の元」とはよく言ったもので、良かれと思って行った無理なストレッチやヨガのポーズが、かえって症状を悪化させてしまったようです。

しばらくは輝く「ロババッジ」と修了証をサプリ代わりに眺めつつ、おとなしく自然治癒を待つ日々です。高齢者の気持ちに寄り添う前に、「まずは自分の老いかけの身体と対話せよ」そんな自然の洗礼を浴び、健康第一の重みを痛感しています。

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