日々の雑感

門出を入梅で祝う坂の上、イートスの前に道はない

Sunrise on the Colva Beach and relaxing cows, Goa India Feb. 2025

久々のブログ更新。生あくびを噛みしめ、なんだか、ようやく心地よい夜が明けたような気分とでもいうのでしょうか。手元には、新しく届いた登録証。ふむ…。

「とっくの昔に行政書士をやっていたのでは」と思われるかもしれませんが、プロとしての本当の挑戦は、まさにここから始まるのだと身が引き締まる思いです。

人生の壁と坂の上の坂

しかし、嬉しいことに、生きていると人生、「坂の上にはまた別の坂」があるものです。
ビジネスの世界、そして何より大切なご依頼者様をお守りする戦場において、無計画なロケットスタートほど無責任で滑稽なものはありません。次なるご相談へ完璧にお応えするため、手元で確実なロードマップを敷いている最中でありました。

一、刃(やいば)を研ぐ:実務を完璧にこなすための、各種研修の徹底的な消化。

二、世界へ視野を広げる:国際業務の肝であり、海を渡る交易の切符たる「在留取次」のライセンス取得。

三、さらに高い壁を越える:特定行政書士という、さらなる“坂の上の坂”を見据えたシミュレーション。

これらはすべて、我が「イートス」を頼ってくださる皆様に、最大の果実(=最高の解決策)をお届けするための、冷徹かつ誠実な発射準備に他なりません。

気分はまさに、ご依頼者様のために抜刀の瞬間をじっと待つ武士の精神と、損得なしに最善のロジックを弾くインド商人のマインドが同居している状態です。幸いにも、先達が築いてくださった堅固なネットワークという心強い後ろ盾もございます。このリソースをどう皆様の利益に還元するか、静かに盤面を睨む日々は実に充実しております。

折しも季節は梅雨入り—自然や暮らしを支える「恵みの雨」

じっとりとした湿気や寒暖差に世間が揺らぐ中、私はこの静かな雨の季節を、皆様の難題を解決するためのエネルギーを凝縮させる「最高の雌伏の時」として穏やかに歓迎しております。次に訪れる灼熱の太陽の下、誰よりも力強くお役に立つための助走期間は、すでに終盤です。

来年早々には、もはや新春の恒例となった混沌とエネルギーの地・インドへ渡り、現地のタフな商人と丁々発止の交渉を繰り広げ、さらに一回り大きくなって帰ってくる予定です。

照準はすでに定まり、心は至って健やか。
皆様をお迎えする仕掛けは整いました。ご相談は、どうぞお早めに。

高齢者支援

右見て左見て、ついでに斜めも──平和な国のゆるい用心術

今日は季節外れの寒い土曜日。
今月も早起きして、いつもの箱根山で英語仲間と戯れてきました。
帰宅して、冷えた体に熱いコーヒーを流し込みながら、読む間もなかった朝刊をようやく開いています。

新聞を圧倒するにぎやかなチラシの数々

静かな午後──のはずが、
ページをパラパラとめくれば、今日もにぎやか。
葬儀に、墓に、終活に、保険に美容に健康食品……
おっとその横に──

「家にあるこんなもの、あんなもの、何でも高額買取いたします!」だって。

金銀財宝そんなもの、あったらとっくにハワイでしょうな。
しかし最近、こういうチラシばっかりと笑っていたら、 海外の友人に言われました。

「え、日本って知らない人が来ても玄関開けるの?」

……はい、開けます。

実はこれ、世界では、ほぼ絶滅した習慣らしいです。

笑ってる場合じゃないけど、笑っておく

アメリカは玄関にカメラ。 イギリスはID確認。 フランスは家の構造は国家機密。 インドは家に入れるのは結婚より重い決断。

そんな中、日本だけが 「まあまあ、お茶でも」 と平和のフルオープン。
平和って、ありがたい。 そして、ちょっと怖いかも。

だから、広告も電話も安全確認が必須!
右見て、左見て、上、下、斜め。 ぐるっと見て、チラシはそっと裏返してメモ用紙。

これくらいでちょうどいい時代でしょうな。

単なる“書類の人”ではない

行政書士というと「書類の人」という印象が強いかもしれませんが、実はもう少し、暮らしの近くにいる仕事です。

行政書士法では、“官公署に提出する書類の作成や相談”が基本業務とされていますが、その周辺には、生活の安全や財産を守るための相談が自然と寄せられます。

たとえば、

財産をどう守るか の考え方を一緒に整理したり、
情報の扱い方 について助言したり、
悪質商法に巻き込まれないための予防 に関する相談を受けたり、
家族の権利や手続きを整えるお手伝いをしたり。

どれも“法律の書類”そのものではありませんが、暮らしの不安や疑問が書類の手続きにつながることは多く、行政書士として自然に寄り添える領域です。

だから私は、新聞の広告ひとつでも「ちょっと気をつけておきましょうか」と声をかけたくなるのです。

サウイフモノニ ワタシハ ナリタイ

とはいえ、
土曜の午後にぼんやり眺めるチラシは、どう裏返してもこちらをじいっと見てくる。
「さすが、両面印刷の商魂たくましさ」感心している場合ではない。

「行政書士は単なる“書類の人”ならず」…キャッチ―な言葉に思わず酔ってしまいそう。

でもね、

そういうものに
わたしは
なりたい…のです。

明日は日曜日、おやすみなさい。

高齢者支援

平塚の行政書士が認知症サポーターになって考えた、一番身近な法律の備え

「認知症サポーター養成講座」を受講した気づきを綴ります。誰にでも起こり得る認知症だからこそ、成年後見などの制度を「なる前」に知ることが大切です。

昨日、平塚市高齢者よろず相談センターが主催する「認知症サポーター養成講座」に参加してきました。日頃から高齢者支援の実務に携わってはいるものの、改めて知識を体系的に学び直し、初心に立ち返るための大切な機会となりました。

地域の方々の熱意と、数字が示す背景

会場に入って印象的だったのは、参加者約40名の熱気、そしてその多くが人生経験豊かな女性の皆様だったことです。場違いかと、私は少し恐縮しながらの受講となりましたが、皆さんの真剣な様子に背筋が伸びる思いでした。

実は、この参加者の割合には、講義の中で触れた統計的な背景もあるようです。

男性の平均寿命: 82歳(健康寿命:72歳 → 医療・介護期間は約9年)
女性の平均寿命: 87歳(健康寿命:75歳 → 医療・介護期間は約12年)

女性の方が、医療や介護を必要とする期間が平均して3年も長いという現実があります。会場の皆様の真剣な眼差しは、まさに「これからの自分や家族の暮らし」を見据えた高い意識の表れなのかと、自分なりに深く納得させられました。

正しい理解が、穏やかな暮らしを支える

講師は、看護師でもある認知症地域支援推進員の方でした。
豊富なスライドを交えた講義は、語り掛けるようで大変分かりやすく、実務の視点からも多くの気づきをいただきました。

特に心に残ったのは、認知症のご本人がインタビューに答えるビデオです。
症状の度合いは人それぞれですが、「ご本人の意識」と「周囲の正しい理解や関わり方」があれば、症状の進行を穏やかにし、生活の質を保つことができるというお話でした。

適切な接し方やマナー、ともに生きる心構えの大切さを改めて学び、講座の修了後にはサポーターの証である「オレンジリングのバッジ」をいただきました。認知症への理解がさらに深まったことで、さっそく次の上級研修にも参加したいという意欲がふつふつと湧いています。

認知症サポーターの証である「オレンジリングのバッジ」

「もしも」の前に、未来の安心を整える

認知症は、誰にとっても決して他人事ではない身近なテーマです。
大切なのは、万が一の状況になってから慌てるのではなく、「あらかじめどのような法律や支援制度があるのか」を事前に知っておくことです。
将来の判断能力の低下に備える「任意後見契約」や、財産管理の仕組みなど、行政書士としてお手伝いできる公的な手続きはたくさんあります。

とはいえ、「法律の手続き」と聞くと、どうしても敷居を高く感じてしまう方も多いのではないでしょうか。
当事務所は、地域の身近な相談窓口として、専門用語を使わず分かりやすく丁寧にお話を伺うことを心がけています。大袈裟に構える必要はありませんので、まずはこれからの暮らしの「ちょっとした不安」を解消する世間話のような感覚で、お気軽にご相談ください。

誰もが直面し得る不安を、少しでも未来の「心の安寧」に変えるお手伝いができれば幸いです。

日々の雑感

五月晴れの空の下、書き換えられる「台本」

行政書士として日々「法」という名のルールに従っておりますと、時折ふと思うのです。このルールを書き上げているのは、あの「ぎゅうぎゅう詰め」の密室で熱い議論(あるいは主導権争い)を繰り広げている先生方なのだわ、と 。

再審制度を見直す改正案を巡り、検察官の抗告「原則禁止」で本則修正へ 自民に提示、了承の公算 | 文春オンライン

爽やかさの裏に透ける「妥協の産物」

「悪法もまた法なり」とは申しますが、新緑の季節にさらりと本則に盛り込まれた「検察官抗告の原則禁止」も、結局は政治家とお役人の間で生まれた、絶妙な妥協の産物なのかもしれません。冤罪救済という爽やかな正義の表看板の裏で、どこか“やりました感”の演出が静かに進んでいるようにも見えてしまいます。

視線の先にある「次のステージ」

そして、この熱狂の先に見え隠れするのは、国家の骨組みたる「憲法改正」の影。次なる大きなステージに向けて、これからどんな「鮮やかなパフォーマンス」が繰り広げられるのでしょう。
わたくしたち法律の隣接職種にできることは、美しい「新緑の演技」に惑わされず、ちょっと冷めたハーブティーを片手に、法の行方を厳しく、かつ少しとぼけた顔で見守ることくらいでしょうか。

五月晴れの空の下。行政書士たるもの、政治のドラマに中(あ)てられることなく、ただ静かに、「品位」を保って凛とした初夏を歩んでいこうと思うのです。

外国人在留手続

神奈川県で外国人30万人時代へ――開成町・松田町で急増

神奈川県で暮らす外国人が、今年ついに30万人を超えました。(少々古いネタで失礼します。下書きのまま温めていた原稿です。)

国別では中国が約8万人で最多。ベトナム、フィリピン、韓国、ネパールと続き、特に最近はベトナムの方の増加が目立ちます。

神奈川県内の増加で、特に注目したいのが県西部です。
開成町は前年比28%増、松田町も24%増と、かなりのスピードで増えています。
欧米に比べれば割合自体はまだ高くありませんが、「増え方のスピード」はかなり速いのが今の日本の特徴です。だからこそ今、外国人を「人手不足を補う労働力」ではなく「地域を一緒に支える住民」として考える視点が大切になっています。

企業がまず確認したい「実務の3つのポイント」

外国人材を雇用する現場で、「うちは大丈夫」と思っていても、意外と見落としがあるのが実務の怖さです。最低限、チェックしておきたいポイントをまとめました。

① 在留カードの管理

有効期限の把握(更新3ヶ月前から)や、住所・氏名変更の届出、カードの真偽確認は必須です。「期限切れ」は一発アウトになりやすいポイントですので、厳格な管理が求められます。

・有効期限のチェック(更新3ヶ月前から把握できているか)
・住所や氏名変更の届出(14日以内)
・カードの真偽確認

② 今後の制度変更への備え(重要)

現在、これまでの「技能実習制度」を抜本的に見直す「育成就労制度」の導入(2027年ごろ施行予定)に向けた準備が進んでいます。この新制度では、日本語能力が単なる努力目標ではなく、日本で働き続けるための「必須要件」となります。つまり、「特定技能」への移行に試験合格が必須化となり、3年間の育成就労期間中に、日本語試験(N4以上)に合格しなければ、次のステップである「特定技能1号」へ進めず、帰国を余儀なくされる可能性が出てきます。

さらに「生活面の適正さ」が審査の柱に位置付けられます。つまり、税金や社会保険の未納がないことはもちろん、今後は「日本社会のルールを守り、自立して生活できているか」という点が、これまで以上に厳格に審査されるようになります。これまでは「現場で働いてくれればいい」という視点でも回っていたかもしれませんが、これからは「いかに日本での生活基盤を整え、キャリアアップを支援できるか」という企業の姿勢も問われることになります。

・住民税や健康保険の未納はないか
・将来の在留資格更新に影響する可能性

③ 不法就労リスクのチェック

在留資格と仕事内容の不一致や、留学生アルバイトの「週28時間ルール」の遵守、日本人と同等以上の賃金確保など。現場での「知らずに違反」を未然に防ぐ必要があります。

・在留資格と仕事内容が合っているか
・留学生アルバイトの週28時間ルール
・日本人と同等以上の賃金

なぜ今、見直しが必要なのか――地域に選ばれるための環境づくり

県西部では、運輸・倉庫、建設、介護などを中心に外国人材の受け入れが一気に進んでいます。さらに、横浜・川崎といった都市部からの移住も重なり、「住む場所として選ばれる地域」へと姿を変えつつあります。こうした変化が進む一方で、技能実習制度は建前としての「国際貢献」と、実態としての「人手不足対応」の間にずれが生じ、管理や人権に関する問題が指摘されてきました。
地域が外国人材を受け入れる現実が広がるほど、その制度的な限界もより鮮明になってきたのです。

さらに、

・言葉や文化の違いによるトラブル
・生活環境や医療体制の課題
・円安による人材確保の競争激化

など、地域が向き合うべき新しい課題も確実に増えています。

行政書士の役割とサポート

こうした中で、行政書士の役割も変わってきています。
単なる書類作成ではなく、

・企業には「適正な雇用管理」のアドバイス
・外国人には「日本でのルール」の説明
・制度と現場をつなぐ橋渡し

いわば“外国人雇用のコンシェルジュ”のような存在です。

安心して働ける環境が、地域全体の安定に

外国人が増えること自体は、これからの日本にとって自然な流れです。
大切なのは、ルールを守りながら、安心して働ける環境をつくること。
その積み重ねが、地域全体の安定につながります。

在留資格や雇用管理について「これ大丈夫かな?」と思うことがあれば、お気軽にご相談ください。
企業側のリスクを防ぎながら、外国人の方も安心して働ける環境づくりをサポートしています。

日本語能力が働き続けるための「必須要件」へ(追記)
「まずはJFT、次にJLPT」という戦略的な学習をこうした制度変更に備えるため、私は外国人の方に「二段構えのステップアップ」を提案します。まずは「JFT-Basic」で確実に足場を固める「特定技能」の申請を急ぐなら、年6回実施され、結果がすぐに出るJFT-Basicが効率的です。働きながら「JLPT(N3・N2)」を目指す日本での長期的な定住や永住、キャリアアップを見据えるなら、日本社会で最も信頼される指標であるJLPT(日本語能力試験)の級数を上げていくことが、本人にとって最大の「武器」になります。

日々の雑感

100年目のボケと、平和の「取扱説明書」

夏も近づく八十八夜 Tea plantations and snow-capped Mount Fuji

憲法記念日が過ぎ、世の中の喧騒が少し落ち着いたところで、あらためて「この国のカタチ」について、遠い目をして考えてみました。

ぼうっと眺めて、感じる危うさ

5月3日、世間がゴールデンウィークの浮かれモードに包まれる中、私は一人、憲法という名の「驚くほど薄く、しかし極めて濃厚な一通の契約書」をめくっては、その条文をぼうっと眺めていました。
そこで頭をよぎるのは、昨今のあまりに前のめりな改憲議論です。武器輸出の解禁や防衛予算の大幅増など、本来は国会で熟議すべき重要事項が「閣議決定」というショートカットで次々と進んでいく。改正そのものが自己目的化したような今の世相は、まるでブレーキのない車を全力で走らせようとしているかのようで、底知れぬ危うさを感じます。

一つのベクトルに向かって、危うい加速

戦後八十年余、過去を振り返ってみても、これほどまでに異様な喧騒(けんそう)が渦巻く状況は珍しいものです。改憲を急ぐ「前のめりな人々」と、その熱量に煽られる人々。よく分からないまま追随する層がいれば、この混乱を好機とばかりに利用せんとする者たちもいる。それぞれの思惑はバラバラなはずなのに、なぜか全体としては「改正ありき」という一つのベクトルに向かって、危うい加速を続けている。見ようによっては、「緊急事態条項」や「9 条」の議論が、本質を置き去りにしたまま、単なるムードや多数決の論理だけで押し切られようとしている感は否めません。

民主主義の危うさは「多数決が常に正しいとは限らない」という点にあります。
勢いに任せて一度手放してしまった権利や、権力を縛るための「制限のタガ」を元に戻すことは、歴史を紐解けば極めて困難であることがわかります。
日本国憲法が持つ、どんな時代の変遷にも揺るがない「普遍性」の尊さは、紛れもない事実なのです。

憲法を「スマホ感覚」でアップデートしたがる人々

近年の傾向としてありがちな、ネットの「論破師」たちが、憲法という最高法規をスマホのOSアップデートか何かのように「早く新しくしろ」と急かす姿には、少々めまいがします。
中身のコード(条文)も読まずに、「最新版なら良くなるはず」と思い込むその無邪気さ。
「書類の不備」をチェックする身からすれば、そんな軽やかなノリによる「契約変更」には、なかなか首を縦には振れません。

報じられない「トリセツの書き換え」

本来、国家の根幹に関わる「緊急事態条項」の危うさや「9条」の矛盾こそ、新聞や公共放送が「中立な立場」で、徹底的に解剖して国民に伝えるべきでしょう。しかし、今年の憲法記念日の報道を見渡しても、目に映るのは「改憲に意欲」という政局ニュースばかり。
条文の中に潜む、かつて某国が独裁の足がかりとした「全権委任法」に似た危うい構造や、二枚舌のような論理の綻びを、正面から検証する姿勢はどこへ消えてしまったのか。

知のインフラであるはずの放送波を削ることに汲々とする一方で、これほどまでに重要な「法の不備」をスルーし続けるメディアの姿には、一抹の寂しさを覚えます。

Pros and Cons… Which way should we go? Say a few words? Well, let’s hope that we continue to live.

八十八夜、お茶と「平和の味」

夏も近づく八十八夜。今はただ、淹れたてのお茶を啜り、柏餅を頬張る。
そんな平穏なひとときが、実はこの「濃厚な契約書」によって守られているのだと、ふうっと一息つきながら、ただ感謝して噛み締めています。

マスコミが伝えない「餅で包まれたあんこ(矛盾だらけの改憲案)」の喉に絡みつくような不思議な甘ったるさを、お茶で流し込みながら。

茶のお代わりを飲み干す頃には、少しは穏やかな気持ちで明日を迎えられるでしょうか。

そんなことを思う、憲法記念日の午後でした。

日々の雑感

海老名イオンの閉館に「スター・ウォーズ」の奇跡を見た。~抜かぬ宝刀としての法律~

多くのファンで賑わうロビー。最後の上映を待つ熱気に包まれていました。

46年の歴史に幕を閉じる場所で昨日、妻と海老名のイオンシネマへ映画を観に行ってきました。この建物は、5月17日をもって取り壊しが決まっています。約50年もの間、名前を変えながらもこの街に寄り添い、貢献し続けてきた大型ショッピングセンター。その最後の日が、刻一刻と近づいています。

鳴りやまない拍手と、蘇る記憶

この閉館に合わせたのか、上映されていたのは1977年の名作『スター・ウォーズ』第1作でした。会場には多くのファンが集まり、ラストシーンでは大きな拍手が沸き起こりました。さらにエンドロールが終わるまで誰一人として立ち上がらず、再びアンコールの拍手が鳴り響く。そんな奇跡のような感動的な場に、私たちは居合わせることができました。

私にとってこの作品は、高校時代に初めて観た思い出の一本です。続く2作目は、ホームステイ先のアメリカで観ました。郊外の巨大なシネコンで山盛りのポップコーンと大きなコーラを抱えて、子供たちだけで楽しんだのを思い出します。(ラスト場面のハン・ソロの生死は、当時の私の語学力に関係なく誰にとっても謎だったのですね)

法律とは「抜かぬ宝刀」であるべき

ジョージ・ルーカス監督の描く世界には、東洋思想がふんだんに盛り込まれています。劇中の象徴的な言葉「フォース(理力)」を、私の仕事に置き換えるなら、それは「法律」や「遺言書」という言葉がしっくりきます。

劇中、ベン・ケノービがルークに「信念のない者には、特にフォースが効く」“The Force can have a strong influence on the weak-minded.” と説く場面がありました。私の持論ですが、法律も同じです。法律とは、倫理や常識がどうしても通用しないときにだけ使い、威力を発揮させるべき「最終手段」であるべきだと思うのです。

最初からライトセーバー(刀)をブンブンと振り回すようなことは、決してあってはならない。私たちが扱う「法律」という力は、大切なものを守るための、静かなる守護者であるべきだと再確認しました。

寄せ書きに込められた「ありがとう」

46年間の想いが詰まった寄せ書き。一つひとつの言葉に、この場所が愛されていた証がありました。

帰り道、1階に展示されていた「46年間の感謝の寄せ書き」に目が留まりました。そこには、小さな子供の字で「さようなら、楽しかったよ!」というメッセージが。その純粋な言葉に、思わず胸が熱くなりました。

見上げると、夜空には大きなお月様。「私もこんな風に、誰かの人生に寄り添い、心から喜ばれる仕事をしていきたい」帰り道の夜風に吹かれながら、そんな決意を新たにした一日でした。

May the Force be with you. フォースとともにあらんことを。

追伸:アメリカで見た「始まり」と、海老名で看取る「終わり」

50年近く海老名の街を見守ってきたこの建物も、5月17日でその役割を終えます。

アメリカの巨大なシネコン(当時は日本に無かった新世界)を観た私が、偶然にも日本初のシネコン(イオンシネマ海老名・旧ワーナー・マイカル・シネマズ海老名)の最後を、同じ作品で看取るとは…。今でこそ日本にも当たり前にあるシネコンですが、1980年当時のアメリカで見たあの巨大な劇場の風景は、まさに『未来』そのものでした。あれから40数年。この場所で、再び同じフォースを感じていることに、不思議な縁を感じずにはいられません。

相続・遺言

トランプ氏狙撃事件に学ぶ「強かな安心」の設計図 —— 善意をシステムで完結させる知恵 「ステーキ2,600枚」を秒で寄付できた凄すぎる理由

人生の晩餐を台無しにしないための設計図づくりに作戦会議は欠かせない

Photo by Daniel Torok / Official White House Photo Copyright © 2026 President Trump holds court inside the Oval Office after the WHCD shooting

4月25日夜、ワシントン中心部のホテルで起きたドナルド・トランプ大統領の狙撃事件。
緊迫した映像の中で、私が注目したのは大統領の隣にいた女性、Weijia Jiang(ウェイジア・ジャン)氏の行動でした。CBS Newsの主任特派員であり、ホワイトハウス記者協会の会長も務める彼女は、銃声が響くパニックの中でもジャーナリストとしての職責を果たし、さらに中止が決まった直後、主催者として、2,600食分もの高級料理を即座に困窮者施設へ寄付する決断を下しました。

「善意」に頼る社会から「システム」が支える社会へ

日本であれば、「食中毒のリスクは?」「誰が費用を負担するのか?」といった責任や手続きの壁に阻まれ、結局は廃棄処分になっていたかもしれません。しかし、彼女には迷わず即決できる「裏付け」がありました。

アメリカという国は、多様な民族が争い、共存を模索してきた歴史ゆえに、法律や制度が驚くほど合理的かつ仔細に整っています。善意の行動を法的リスクから守る「良きサマリア人法」の存在や、有事の際の事前プロトコル(手順書)。これらが機能していたからこそ、彼女のサイン一つで即座に実行に移せたのです。

日本社会が直面する「阿吽の呼吸」の限界

これまでの日本は、同質性の高い社会の中で「言わなくてもわかる」「お互い様」という、いわば「阿吽の呼吸」による善意に頼ってきました。しかし、超高齢社会の進展で家族の形が変わり、外国人雇用の拡大で多文化化が進むこれからの日本において、従来の「曖昧な善意」は、時に「責任追及への恐怖」となって現場の判断を萎縮させてしまいます。
アメリカが積み上げてきた「合理的で強かなシステム」は、複雑な社会を生き抜くために不可欠な知恵といえるでしょう。

「まさかの備え」は、行政書士の仕事そのもの

このエピソードは、私が日々おこなっている相続や高齢者支援の仕事にそのまま当てはまります。

認知症の発症や突然の相続は、家族にとっての「日常の有事」です。その瞬間に、残された方々が迷わず最善の選択をするためには、ジャン氏が持っていたような「3つの要素」が欠かせません。

遺言書というシステム:争いを防ぎ、想いを繋ぐためのプロトコル

専門家の知識:法的リスクを回避し、安心を担保するバックアップ

任意後見という判断力:あらかじめ権限を託しておく仕組み

必要なのは「強(したた)かな安心」

仕組みを整えることは、決して冷たいことではありません。不確実な未来において、大切な人の「善意」や「想い」を確実に実行するための、最も温かい準備なのです。未来の日本がどんなに複雑な社会になっても、誰もが迷わず手を差し伸べられる。そんな「強(したた)かな安心」を、法的なデザインを通じて皆様と共に築いていきたいと考えています。

騒乱の中でステーキの行先を案じる必要がないように。あなたの人生の「大切な決断」が迷いなく実行されるための設計図を、一緒に描いてみませんか。

お手続きの最初の一歩は、こちらからどうぞ。

相続・遺言

「独身の叔父様」は、国のための貯金箱?〜親族に訪れる、まさかの現実〜

今月もいそいそと箱根山へ。土曜日、早朝の宮ノ下駅。ジョンもチャップリンも、そしてあなたの財産も、最後は誰の手に渡るのか。静寂の中で問いかける、人生のエンディングノート

皆様、ごきげんいかがでしょうか。今年のゴールデンウィークは、お天気が少々ご機嫌斜めのようですね。気温の変化も激しく、おひとり様ならずとも、体調管理には気が抜けない日々が続いております。

さて、街を歩けば「おひとりさま」向けのサービスが溢れ、孤独を謳歌するのが美徳とされる令和の世。しかし、その自由の先にある、あまりにもドライな現実をご存じでしょうか。

特に、結婚もせず、お子様もおらず、ご兄弟とも疎遠……という、いわゆる「完全なる独り身」の紳士・淑女の皆様。ご自分がポックリと逝かれた後、その愛すべき財産がどこへ向かうか、想像したことはおありですか?

コツコツ貯めても、最後はコッコ(国庫)行き?

実は、あなたが将来のためにとコツコツ積み上げてきた老後資金も、思い出の詰まったご自宅も、「遺言書」という名の魔法の杖がない限り、最終的には「国庫(こっこ)」という名の、底の見えない巨大な金庫へ吸い込まれる運命にあるのです。

国は、あなたが人生の「静かなる節制」に耐えながら守り抜いた財産を、威勢よく「はい! 喜んでぇ!」の掛け声とともに回収いたします。

「お国のために役立ててくれるなら本望……」と思えるほど、今の世の中、おめでたい話ばかりではございません。私たちが必死に守ってきた資産が、自分の望まない「どこぞの予算」や「きな臭い活動」の燃料にされるかもしれない――。そう考えると、人生の集大成がなんだか切ないものに思えてきます。

それなのに、お部屋に転がる脱ぎ散らかしたお召し物や、冷蔵庫の片付けには、国は一ミリたりとも手を貸してくれません。受け取るのは「きれいなお金」だけ。
……なんとも、きっぱりした現金な話です。

甥御さん、姪御さんに訪れる「ボランティアの極み」

ここで焦りを感じるべきは、実はご本人だけではありません。
皆様、ご親戚に「独身の叔父様・叔母様」はいらっしゃいませんか?

「叔父さんはお金持ちだから、いつか自分にもおこぼれが……」なんて、淡い期待を抱いている甥御さん、姪御さん。現実は、それほど甘くはありません。
法律という名の鉄のカーテンは非情です。遺言書がなければ、あなたはどれだけ叔父様の話し相手になり、どれだけお見舞いに行ったとしても、一円の財産も受け取れないどころか、「孤独死の後片付け」という重労働だけが回ってくる、ボランティアの極みのような役回りになる可能性があるのです。

【イートスの豆知識】
民法上、法定相続人となるのは、1.配偶者、2.血族相続人(子、親、兄弟姉妹)だけです。
一方、家庭裁判所は、特別な事情があるときは、3親等内の親族(叔父・叔母、甥・姪など)に扶養義務を負わせることがあります。
つまり、「もらう権利はないけれど、面倒を見る義務だけは発生する」という、世俗に生きる私たちには少々切ない事態が起こりうるのです。

独り者の矜持を、最後まで美しく

大事な財産を、ご自分の意思や信念とは無関係な「数字」にされてしまわないために。
そして、甥御さんたちが後片付けをしながらSocial Media(ソーシャルメディア)に恨み言を書き込まないために。今、私たちがすべきは「死後のデザイン」です。
行政書士という、法律のスパイスを効かせた執事のような存在が、皆様の人生のエンディングを「国への寄付」ではなく、大切な人への「愛ある配分」へと書き換えるお手伝いをいたします。

国へのプレゼントを否定するものではないけれど、可愛い(かもしれない)親族へ、あるいは、ご自分が心から応援したい活動へ。
独り者の矜持(プライド)を、最後まで美しく保とうではありませんか。

連休後半もお天気が安定しないようですが、皆様、お風邪など召されませんよう、どうぞ健やかにお過ごしください。

追伸:
「これは知らなかった、さて具体的な対策を……」と思われた意識の高い皆様。
具体的にどんな遺言書を書けばいいのか?という【実践編】を、近日公開予定です。
(もしくは:こちらの[取扱業務]をご覧ください)

相続・遺言

大学時代の友人と健康話に花咲じいさん〜還暦のワインは、現世の甘露か、それとも〜

断酒を経て、現世の甘露(ワイン)と再会。私の記憶の断片はトラットリアに置き去りにされた。
  

昨日は、大学時代の友人と久々に一献。
当初は11月上旬に約束していたはずが、お互いの「急な体調不良」や「家庭の諸事情」をパズルのように組み合わせているうちに、気づけば半年も経っておりました。時の流れは、まさに光陰矢の如し。
再会するやいなや、乾杯の挨拶もそこそこに飛び出したのは、やはり「健康」の話題です。
かつては恋や将来の夢を語り合った口から、今や「人間ドックの判定」や「肝数値の推移」が、まるでお経のように淀みなく流れ出します。
還暦を過ぎた我々の身体は、もはやビンテージカー。こまめなメンテナンスなしには、車検(生存確認)も通らぬ身の上なのです。

相続・遺言・家族信託で整える「人生の後半戦」

あまりの楽しさに、記憶の断片を新百合ヶ丘のトラットリアに置き忘れるほど豪快に飲んでしまいました。
訳あって5日間の断酒に耐えた後の赤ワインは、五臓六腑に染み渡る、まさに禁断の果実。
電車に揺られて帰宅し、シャワーを浴びてベッドに横たわれば、そこはもう涅槃(ねはん)の境地……。
翌朝まで一度も目覚めることなく、泥のように眠り続けました。

目指すは持続可能な支え合い

そう、昨日はあんなに熱心に「健康」の話をしたはずでした。
しかし、そんな健康談義の裏側で、ふと考えさせられたことがあります。今の日本は「全世代対応型」の社会保障を目指し、刻一刻と制度が変化しています。
2024年4月からは、75歳以上の方の後期高齢者医療制度も改正されました。負担能力に応じて保険料を調整する仕組みが導入され、「支え合い」の形がより鮮明になっています。一方で、出産育児一時金の増額など、若い世代への支援も手厚くなりました。

こうした時代の流れに触れるとき、私は仏教の「自利利他(じりりた)」という言葉を思い浮かべます。
「自らの幸せ(自利)を願うのであれば、まず他者の幸せ(利他)のために尽くしなさい」。また、ヒンドゥー教に伝わる「すべての生命は、目に見えない糸でつながっている」という宇宙観も、今の社会保障のあり方に通じるところがあるかもしれません。

「未来への準備」は心の安らぎへ

次世代を育むことは、巡り巡って、私たちが安心して暮らせる未来を耕すことでもあります。
しかし同時に、これまで社会を支えてきたお年寄りの方々が、誇りを持って穏やかに過ごせる世の中であってほしいとも切に願います。
健康で楽しく友と笑い合える日々に感謝しながら、私たちは少しずつ「人生の後半戦」の準備を整えていく必要があります。

例えば、手軽に始められる「自筆証書遺言」の作成や、万が一の認知症に備えて財産を託す「家族信託」など、具体的な一歩を踏み出す時期なのかもしれません。
相続や遺言といった「未来への準備」も、実は「自利利他」の精神のひとつ。
大切な人たちが困らないように整えておくことは、自分自身の心の安らぎにもつながるのです。

次に友人と会うときも、また笑顔で「健康の話」ができるように。
そんなささやかな幸せを、行政書士として、一人の友人として、守っていきたいと感じた宴(うたげ)でした。

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