窓の外では、咲き始めた桜が春霞に淡く溶け、箱根の山々はどこか「春ぼらけ」の様相を呈しております。そんな微睡(まどろ)むような陽気に誘われ、今月もまた、いそいそと箱根山に出かけてまいりました。

月に一度、箱根の山中の「箱根コミュニティ・カレッジ」なるスポットへ、吸い寄せられるように足を運んでおります。当初は、道に迷って途方に暮れる青い目の異邦人を優雅にエスコートするための「英語ガイド養成講座」……つまりは善行という名の徳を積む場所かと思っておりました。ところが、いざ潜入してみれば、そこは意外にも風通しの良い、スピリチュアルなほどに心地よい学び舎。愉快な面々と、まあ、適度な距離感を保ちつつ「ぼちぼち」と英語での交流を深めている次第です。
振り返れば、私と英語という愛憎半ばする言語との付き合いも、妙に長くなってしまいました。
そんな語学人生のハイライトを問われれば、中年の危機とでも申しましょうか、分不相応にも手を出した「英検1級」合格の瞬間かもしれません。動機など、いつだって世俗的なもの。ただ息子たちに、抗えない加齢に挑む「親父の背中」という名の哀愁を見せつけてやりたかった……それだけの執着でございます。
しかし、この「いっきゅうさん」への道のりが、まあ手強い。特に「面接」という名の対面儀式が、私を翻弄いたしました。今思えば、苦戦は宿命だったのでしょう。それまでの私は、血の通わない教科書の中の「死んだ英語」か、あるいはエゴをこねくり回した「オレ流」のデタラメな英語しか、口にしてこなかったのですから。
筆記さえクリアすれば、あとは口先三寸でどうにかなる。そんなふうに高を括っていた己の甘さは、もはや羊羹をあんこで和えたレベルでございました。
一回目は、ディベートという名の言葉の殴り合い。白人面接官に完膚なきまでに浄化(ノックアウト)され、己の未熟さを骨身に刻まれました。
二回目は、羞恥心をかなぐり捨て、圧倒的な語数で押し切る「全裸でマシンガン作戦」を展開。しかし、これは無残な自爆に終わり、対話という概念を宇宙の彼方に置き去りにした私を、年配の女性面接官が、まるで見知らぬ未確認飛行物体でも見るかのような冷ややかな眼差しで凝視。あの、沈黙を煮詰めて憎悪を足したような「絶句顔」は、今も私の拭いがたい業(カルマ)として脳裏に焼き付いて離れません。まさに言葉の輪廻(りんね)、苦行の連鎖でございました。
そして三度目の正直。ようやく啓示のように悟ったのは、見栄という鎧を脱ぎ捨て、淡々と、等身大の言葉で語るという境地でした。誠実というか、もはや「降伏」に近い真摯さで臨み、ようやく合格という名の慈悲(じひ)を、解脱(げだつ)のごとく「させていただいた」のでございます。
やはり、思考は毒。感じることこそが真理。自我を捨て、音と一体となる三摩地(サンマディ)の境地。
※「三摩地(サンマディ)」:瞑想が深まり、心身が統一された恍惚状態のこと
今でもAFN(米軍放送)を生活のBGMとして垂れ流し、時折、旅に出れば異国の方と接触を図ってはおりますが、しょせんは「言葉」という頼りないツール。喋れば喋るほど、隠しきれない語彙の癖や、自身の精神の底の浅さが、ぼろぼろと露呈してしまいます。
ですが、それでよろしいのでしょう。「自分は自分」という名の開き直りさえあれば、案外、この世の中も穏やかに回っていくような気がするのです。
だいたい、英語と一口に言っても、宇宙には星の数ほどの「英語」が漂っているのですから。
私は、あの巻き舌が唸りを上げる、まるでおもちゃ箱をひっくり返したようなカオスな「インド英語」を耳にするたび、たまらない高揚感を覚えてしまうのでございます。

思考を止め、春の柔らかな空気に身を委ねれば、かつてのトラウマも桜とともに散り急ぐ心地。この心地よいカオスを、今はただ「ぼちぼち」と愉しむことにいたしましょう。
……さて、そんな悠長なことを申しておりますが、実はこの「愛憎半ばする言語」を武器に、行政書士として新たな一歩を踏み出す決意をいたしました。在留許可という名の迷宮に立つ、異邦の方々の「羅針盤」として。
あの日の私を救った「誠実さ」を胸に、迷える旅人の力になれたなら。春の光の中、そう静かに念じているのでございます。
